浅海健太の日本選手権7位入賞

タイトルの件、昨年11月のことである。私が現役中に達成できなかった(11位が最高位)日本選手権のトップ10を浅海健太がやってくれた。引退した2014年から漠然とエリート強化をすすめ、2015年にエリートチーム後援会が発足し、2019年には茨城国体でトップ10を達成(寺澤7位、柳井9位)、そして2020年日本選手権7位(浅海)である。試行錯誤の数年間を経て、結果を重ねて出せたことが本当に嬉しい。自分の選手時代の体験とは違う、でも同じような興奮と達成感、充足感に包まれた結果だった。そんなポジティブな結果なのに、すぐにでもblog記事にしたかったのに、こうして半年近くなっての振り返り投稿になったのには理由がある。

2020年はコロナ禍直撃でSUNNY FISH という会社自体が大変な状況になったのはblogでもお伝えした通りだし、世の中の大半の方も同じように大変な境遇だったと思う。そんな中、エリートチームでは大会がないことをチャンスと捉えて乳酸測定の回数を増やして、強度設定の見直しを行うなど、意欲的に新しいアプローチを試みた(これはナショナルチームでの取り組みに影響されているのだが、ボリュームを増やすような方向ではなく、結果、強度設定の見直しに留まった)。そんな中で迎えた東京都選手権では寺澤8位、浅海9位と惨敗を喫してしまった。順調にトレーニングしてきて各種目のタイムは向上しているし、自信を持って臨んだレースだっただけにショックは大きかった。その後の大阪で行われたスーパースプリントでも結果は出せなかった。寺澤10位、浅海11位
寺澤は日本選手権出場を逃し、辛くも前年のITUポイントが残っていた浅海はランキングで日本選手権に出場できることになった。残り1ヶ月。僕らに足りなかったモノが何かがわからなければ、また惨敗になる。私を含めた3人のコーチングスタッフで、どうしたらいいのか、何が足りなかったのかを本音でぶつけ合う機会を設けた。結論としては、僕ら「コーチングスタッフの覚悟」だった。最終的に戦うのは選手だけれども、責任は僕らにある。その覚悟を持って臨めているのか。選手にそれは伝わっているのか。選手に覚悟はあるのか。覚悟ってなんだ?

その中で残念ながらコーチングスタッフの主力コーチがチームを外れた。覚悟を持って臨んでやろうとお互いの意思を確認しあった矢先のことだったが、全く別方向からの理由でチームを外れることになった。ここで多くは書くことに意味はないが、良い理由ではない。スクールもエリートも突然外れることになったため、スクールもエリートチームも大混乱となった。けれども、残った私と柳井コーチ(柳井は昨年の茨城9位を花道にコーチングスタッフとなった)の覚悟はより固まった。

日本選手権に臨む浅海健太をどうサポートし、どう結果に繋げるか。私と柳井コーチで決めた約束事は、全てをやり切ってスタートラインにつかせること、そしてどんな結果が起ころうと、選手のせいにはしない、させないこと。文字にすると当たり前のことだけれども、東京都選手権では、少しの引っ掛かりを各コーチとも抱えていたけど、それを潰す作業をしなかった。それを選手任せにしていた。そしてレース後に、引っ掛かっていたことを後出しで共有していたし、選手のせいにしようとしていた。それは、もうダメだ、やめようと。徹底的にモヤモヤは潰してスタートラインについてもらおう。最終的にキツイ思いをして戦うのは選手、その選手が諦めそうになった時、自分のためだけじゃなく、僕らの顔を思い浮かべて、もう一踏ん張りしてもらえるように、口で言うのではなく、態度で示そう。チーム一丸となって戦うということはそういうことなんじゃないか、って。

兎角して、スクールも代行だらけで通常業務も倍増する中、浅海健太をスマッシュさせるための1ヶ月がはじまった。浅海健太は難しい選手だ(と思っていた)。考え方も独特でユニーク、体感の言葉(表現)も僕や柳井コーチが経験してきたものと違う。浅海選手がコーチの言葉に合わせるのではなく、僕らコーチ陣が浅海健太の考え方、体感を理解することからはじめた。もう一度コミュニケーションを丁寧に取り直していった。僕らはフルタイムアスリートでもフルタイムコーチでもないので、それぞれの仕事がある。毎日一緒にいられる時間は限られていて、それでもZoomも使いながらトレーニングの所感や感想を交換しあうミーティングの回数を増やしていった。

トレーニングについては、スイムもランの記録も伸びていた彼だけど、ブリックランが走れない悩みを抱えていた。その原因を追求する作業を繰り返し繰り返し行った。バイクでのパワー配分によるものなのか、ランのペース配分なのか、柔軟性など動きの制約によるものなのか。競技場にローラー台を持ち込んで、何回も何回も検証していった。途中、思うようにできずに本人が涙することもあった。だが、その涙はネガティブな涙ではなく、自分への不甲斐なさや苛立ちからの悔しさの涙だったと知る。

もう一つ、彼が悩んでいたことは11月開催の寒さだ。ウエット着用になるのか、否か。それはコントロールできない。しかし、皮膚感覚や体感を鍛えることはできる。どんどん寒くなる中、海練習を毎週継続した。先述したように彼を含めて僕らのチームは生きるために収入を得るための仕事を別に持ったチームだ。3人がずっと一緒にいられるわけじゃなくて、そんな中、海にいき、車の中でZoomを繋ぎで所感を話し合う、そんなことを繰り返していった。人手が足りないのもあるし、トレーニングパートナーが必要なこともあって大会が終了している寺澤光介にもチームとしての行動をしてもらった。寒い中、朝から海に通い続けてくれた。会員さんにも多分に助けていただいた。車を出していただいたり、一緒に泳いでいただいたり。レース当日も距離測定や声かけなど戦術面でもサポートチームとして動いていただいた。こうした周りのサポートが選手本人にとってどう映ったのだろう。

前日の本人のFB投稿だ。これは後援会の方だけに向けて書かれたもの。

これまでの取り組みは本人にちゃんと伝っていた。もうこの投稿を確認して、僕らコーチ陣の仕事の90%は終えたように感じた。当日やれることなんて、あまりないけれども、なるべくの情報を集めて本人がレースを組み立てやすく。女子スイムを分析して傾向を伝え、課題のブリックランを可視化するために、コース上に任意の400mラップを取れる箇所を複数作り、会員さん含めてコーチングスタッフで電話しながらラップをとって、本人に伝えた。

結果、7位である。まさにチームで掴み取った勝利だった。
このプレッシャーの中、浅海はよく決めてくれた。

無観客だったけど、会員さんのサポートや応援があってこそ。
本当にすごい経験をさせてもらった。思いが伝播して、選手を動かし、さらにたくさんの会員さんが感動してくれている。充足感もそうだけど、心が震えるというか、地に足つかない感じ。レース後に皆んなでランチ祝勝会をやったけど、乾杯でもビールが飲めず、胃がまだ受け付けなくて。しばらく、その感じが続いてしまって(スクールのバタバタに追われ続けたのもある)、噛み締めるようなことがなくなってしまったのだけど。僕個人としてもチームとしても大変貴重な経験をさせてもらった日本選手権だった。みんなありがとう。

書いていて、また胸がドキドキしてくる苦笑。
また、こうした経験ができるように毎日を丁寧に真摯にやっていく。

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